2003年は、冷夏だった。お米の生産地では、10年ぶりの不作に見舞われた。品種によっては、7割以上、実を結ばない稲もあったほどだと聞く。
 そして今、農家は数多くの問題を抱え、揺れている。
 その根本にあるのが、1942年より施行されてきた食管法だと言えるだろう。戦争後、主要食物が配給制だった時代、農家の自家用以外のお米は、すべて政府が買い取り、国民に公平に配給するために制度化された食糧管理法。1995年まで、じつに半世紀の間、この法律は効力を発揮してきた。だからこそ、多くの人たちが飢えることなく、日本は急成長を遂げるまでになったのだろう。しかし、半世紀の間、農家は生産することだけを考えて、努力を続けてきた。生産地と消費地を断絶する深い溝が生まれた。
「田んぼで、いいものを作る。それが百姓の基本だ。ただ問題なのは、その部分だけで、肝心な部分が、いつの間にか置き去りになってしまったと思う。食品だから、皆さんに食べてもらうために作っているんだ。だけど食管法にどっぷりつかりすぎて、人様に、きちんと命をつなぐための、食料の基本、米を作っているんだっていう意識が薄くなってしまって、国のためとかね。誇りを持って食料増産に携わってきた大先輩たちもいるし、その意味では一生懸命それなりの実績を積んで来たんだけど、いつしか、人にきちんと食べてもらうっていうのが、ないがしろになってきたのかなって思う」
 宮城県角田市の生産者、面川義明氏は話す。そのためには、現場の声をストレートにつなぐ構造を作らなくてはと言う。
 しかし、これは生産者だけの問題ではないはずだ。消費地では、ビニルに包装された野菜や、パックされた米をスーパーで買う。頭ではわかっていても、それが土と太陽に育まれた農業生産物、植物なんだと、つい忘れてしまうことがないとは言えないだろう。そして、たとえ、その価格が妥当だったと理解できても、安いものを求めるのは、消費者という立場上、しょうがないとも言える。はたして、この価格が妥当なのかどうかさえ、消費地には情報が少ない。政府の発表や報道に頼らざるを得ないのが現状だ。
 面川氏は、1年半ほど前から、ホームページを開設、日々の作業や思ったことを綴っている。
「現場の声を百姓自信が表現する。へたくそでもいいから、実際にやってる、それで生きている、生活している人の思いを、食べてもらえる人に伝えないといけないかな、という思いがあったから、ホームページをはじめたんだ」
 生産地と消費地との対話がまず必要不可欠で、しかし、問題はそれだけではない。流通の問題、後継者の問題、環境の問題…、山積されている。
「問題は、誰が田んぼをやるのかということなんだ」と面川氏は言う。この言葉には、いろいろな意味が込められていると思う。その意味を理解する上でも、まず、生産地、生産者の声を聞く努力をしようというのが、消費地にとって、もっとも大事なこと、踏み出さなければならない、最初の一歩なんだと面川氏と話していて感じた。誰が泥に足を入れるのか。そして、誰がその話しを聞くのか。