日本最後の封建時代、江戸幕府。

 江戸開府四〇〇年。慶長三年(一六〇三年)、徳川家康が征夷大将軍に任じられ、幕府を開いて、今年で四〇〇年目になる。
 江戸時代。士農工商の身分制度がはっきりと分けられ、生まれながらにして職業選択の自由がなく、農民は重い税に苦しんだ暗い封建時代。武士による圧政、飢饉、一揆…。鎖国により世界情勢からは取り残されていた。そんな悪しき古い時代が幕を閉じ開国。明治維新を境に、文明開化の波がおしよせ、日本は近代化されたという。


江戸時代にタイムスリップしたら…。

 小説『大江戸神仙伝』。製薬会社を経て、文筆業を生業としていた主人公・速見洋介はある日、江戸時代へタイムスリップしてしまう。時は文政五年、西暦一八二二年のお江戸、日本橋へ。
「あれが一九七四年なんです。誰も書いたことのないタイプのSFを書いてみないかと。いろいろ考えた末に考えついたのが、現代人が着の身着のまま、洋服を着たまま江戸の町に転がり込むと、現代人の目に、江戸がどう見えるかというのを書くのが目的だったんです。
 行った先の江戸の人が現代語を話しちゃまずい。江戸の言葉を調べなきゃいけないということから始まって、やってみると言葉だけじゃどうしょうもないことがわかった。たとえば、お酒を飲むっていっても、いまの燗徳利なんて使うようになったのは、ペリーが来た頃から後なんです。それ以前、本では文政五年、一八二二年ですから、まだ幕末というにはほど遠い。その頃は、ちろりっていう土瓶を長くしたようなものだったり、屠蘇(とそ)器みたいな、ああいうのの金属でできたようなものとかでお酒を飲んでいる。そういうところに現代人が行って見てみると、へぇ、こんなものでお酒を飲んでいたんだと。そうすると、右向いても、左向いてもそうなるわけです。それでしょうがないから、本買って買って、買いまくって、それで半分、江戸の専門家みたいになってしまった」
 以後、江戸に関する本を数多く手がけるようになる著者・石川英輔氏が、執筆当初の話しをしてくれた。『大江戸神仙伝』の巻末を見ると、その参考文献の多さに驚く。
「書く前は、現代人が江戸の町に行って、どうせ、ひどい目に合うだろうという設定で書いていた。ところが、調べれば調べるほど、そんなひどい目に合うような社会じゃない。ともかくのんびりしているし、警官はいないし。住民の行動に目を光らせているような役人がいっぱいいるのかと思ったら、そんなもん、全然いやしない。だいたい、人手がほとんどないんですね、幕府っていうのは。それで調べている内に、どう書いていいかわからなくなってしまった。
 その時たまたま知ったのが、野田泉光院という山伏の日記なんです。これ読んでびっくりしたのは、とにかく、みんな好き勝手なことをやってる。これで僕は、完全に考え方を変えた。江戸時代のことをきちんと調べてみようと思ったのと、今までは、マイナス面から江戸を見ることばかり考えていたんだけど、まったく立場を変えて、江戸時代というのはまともな世の中で、人間にとって住みやすい社会だったっていう見方から、『大江戸神仙伝』を書こうと。それで、完全に江戸のマイナスイメージを払拭して、あの小説を書いたんです」


植物国家だった江戸の社会。
 
 小説中、江戸に来て間もない速見洋介が、芸者・いな吉と隅田川で船遊びをする場面がある。

〜気持ちよさそうに弾き唄いしているいな吉の声を聞いているうちに、船は新大橋をくぐった。この辺の両岸は武家屋敷が並んでいて、木が多い。川は、まるで新緑の中を縫って流れているようである。驚いたことに、どこかで、カッコウが鳴いている。この頃は、まだ、江戸にカッコウがいたのだ。江戸は都会といっても、まだ大自然の中に浮かぶ島のようなものなのだろう。
 それにしても、これほど美しい自然と人工との調和を犠牲にして得られた、私の時代の便利さは、どう考えてもお粗末だとしか思えなかった。
 高度成長の二十年かそこらで、まるで連鎖反応のように自然環境が荒廃したのを、便利さの代償というのは、一種のまやかしではあるまいか。本当の犯人は、十年使えるものでも、二年か三年で捨てて、新品に買換えさせないと成り立たないように作り上げてしまった社会組織そのものと、それを積極的にせよ、消極的にせよ受け入れて来た私達なのだ。ああいう社会は、土地、資源、人口などが、無限に増加しない限り、早晩行き詰まるに決まっているのに。
〜『大江戸神仙伝』川 より

 江戸時代の江戸は、その必要性から、数年以内の太陽エネルギーと自然の力をベースに、人間の肉体を動力源として、循環型の自給自足社会が成立していたという。それ故に、五〇万以上の人口がありながらも、これほどに自然環境が保たれていたというのだ。石川氏は、そんな江戸時代を「植物国家」だという。
 石川氏の本を読んでいると、江戸時代の社会にこそ、すべての答えがあるようにさえ思えてしまう。エネルギーの問題、資源、政治、外交…。
 たとえば、リサイクルの問題を見てみると、人間の排泄物は肥として田畑へ、竃(かまど)の灰はカリ肥料や酒造、製紙の現場で利用し、ろうそくは集めて固め直し、稲藁は草履や敷物、蓑として利用…、捨てるものは、ほとんどないほどに再利用され、循環型の社会が成り立っていたようだ。貧乏だと片付けてしまえばそれまでだが、今となってみると、それだけではないと思える。
 行政にしても、江戸の庶民五五万ぐらいのところに、町奉行所には二九〇人しか役人がいなかったらしい。その内、司法官が六六名。その中に警察官が二四名で、半分の一二名が、いわゆる巡査、市中を見回る役目をおっていたという。いまの役所の人数の多さを考えると、はたして成り立っていたのかと思うほどだ。その分、庶民がやらなければならないことが多かったのも納得できる。


リサイクルの理想郷だったのだろうか?

「リサイクルがちゃんとできているところが、理想郷なのかどうか、大変、難しいところだと思うんですけれども、リサイクルがちゃんとできる世界というのは、ものすごく不便なんです。不便だからリサイクルがうまくいく。便利にすると、結局、化石燃料を使わなきゃなんない。化石燃料というのは、絶対、リサイクルしない。みんな簡単に、循環型社会に戻そうとおっしゃいますけど、われわれ日本人は、いま毎日、化石燃料だけで一〇万キロカロリー分、原油換算で、十何リットル分ずつ、燃やさなきゃなんない。石油だけでなく、石炭や天然ガスもありますけどね。これは、燃やせば、絶対に元に戻らない。リサイクルと言って、いっぺん使った資源をもう一度、元に戻すとします。そのためには、また、化石燃料がいる。結局、いまのような生活をしていて、循環型社会に戻るなんてことはできない。循環型の世界って、決して、甘いもんじゃないし、要するに、自分で、全部やるということなんです。江戸時代の動力の九九%は、人間の力ですからね。牛や馬も使いますけど、牛や馬は、わずかなもんですし、水車は、つけられないところが大部分です。ここで水車を使いたいと思ったって、水が流れてないからどうしょうもない。だから、江戸時代の生活、リサイクルがよくできる生活というのは、化石燃料を使わずに、できるだけ、自分でものをやるということなんです。だから大変なんです。
 今の世の中、なぜ困るかというと、みんな、ああいう生活が、いやでいやでしょうがないから、一生懸命、自分で辛い思いしないで済むように、済むようにって、五〇年かけて一生懸命努力してきたわけです。その挙げ句に辿り着いたのが、ここなんですね。やってみると、無から有が生じるっていうことはないから、結局、大変なことしちゃってる。だけど、戻そうったって、誰だって、あんな生活に戻りたいと思ってる人なんて、いないと思います。私は、まだ、ああいう生活、山行って、薪ひろって、かまどで薪くべて、は釜でご飯たいて、東京でもポンプで水汲んでっていう生活、戦争中に体験して知っているからいいけど、大部分の人は、薪とかまど、は釜でご飯炊くことすらできないですよね」
 ロマンチィシズムで江戸時代を思うのはいいとしても、それを現実に考えることは、既に無理だと言う。
 

江戸時代は既に遠い過去の出来事。
 
「今度、『大江戸エコロジー事情』というのが、文庫本で出るんですけど、あの中で私の結論は、こういう生活は生物として間違っているんだと意識するのが大事だと。もし、その意識をはじめっから持っていれば、ここまでは来なかったと思う。ところが、日本の伝統的な生活が間違ってて、欧米に一歩でも近づくのがいいと生活してきた。だから、何かあったとき、右に行くか、左に行くかという選択のときに、右が伝統的な生活で、左が、こういうエネルギー多消費型の生活だとしますと、本当は、こういうことはいけないんだと、みんなが思っていれば、たとえ、右に行かなくても、左に行くのをやめることはできたと思う。要するに、いまの現状を続けること。ところが、伝統的な生活が、間違っている、間違っていると、ずっと言われ続けてそう思っているから、もう元に戻れないところまで来てしまった」
 たとえば最近でも、デンマークでは、二〇〇三年までに、国内電力の一六%を風力発電で供給しようという目標を掲げ、達成できそうだという。だからと言って、日本に持ってきたとしても、はたしてそれほどの成果が期待できるか疑問が残る。石川氏は、そろそろ、欧米にモデルを求めるのはやめたほうがいいのではないかと語る。
「今のようなエネルギー多消費型じゃなくなった時に、どこにモデルを求めるかと言えば、やっぱり、今の日本から、エネルギーの大量消費を抜いたところと言えば、一番近いのは、昭和の初年あたり、昭和二〇年より前の日本。江戸時代というと遠い時代ですけど、江戸時代から昭和五三年と、昭和三五年から今までの消費エネルギーを比べると、その差の大きいことといったら、大変なもんでしょうね。今のエネルギーの使用量が、ちょうど半分だったのが、一九七〇年、昭和四五年なんです。今は、一人あたり毎日一〇万キロカロリー使ってます。五万キロカロリーが、一九七〇年、大阪万博のころ。それで、今の一/一〇、一万キロ使っていたのが、昭和二八年ぐらい。昭和二八、九年というと、ガソリンは自由販売になっている。自動車持っている人はいないけど、自転車にエンジンつけた、バタバタというのがはやりはじめて、僕もあれ持ってて、どこでもガソリン入れられました。そんな時代ですから、食べるものも十分ありました。それでも軽井沢に行って、刺身は、食べるということはできなかった。くさっちゃう。冷凍できないし、今みたいに電気冷蔵庫なんか、どこでもあるわけじゃないし。だから、氷に入れて、鮮魚を持っていっても、氷が解けるまでの三日ぐらいのもんです。氷の冷蔵庫じゃ、鮮魚をそんなに保存しとくことはできない」
 刺身が食べられないと聞くと、とても寂しく感じるが、地元の山菜を食べることはできるだろう。その土地で育った旬のものを、おいしくいただくことはできる。


これからどこへ行くのだろう。

 石川氏の著書の中に、『2050年は江戸時代』というタイトルの小説がある。なんと日本は、二〇五〇年、自給自足の農業国になり、鎖国をしているという設定だ。
 日本は国土面積の四/五ぐらいが山で、そこから一/五の土地に水が流れてくる。水の確保が難しい土地はあるものの、ヨーロッパやアメリカの果てしない平野に比べれば、稲作に適している国といえる。そして、これまで培ってきた品種開発や耕作についての農業技術も、他国に比類ないものがある。
 しかし、今、日本の田んぼの約一/三が休んでいると聞く。
 石川氏も、「日本で稲作をやめる。そんなばかなことはないんです。日本では、あれぐらい効率のいい産業はない」と言う。
 大政奉還(一八六七年)を明治時代のはじまりと考えると、この年を基点として、それ以前、江戸時代が二六五年間で、現在までが一三七年間。実に、明治以降のほぼ倍近い時間が、江戸時代として続いたことになる。しかし、人口についても、エネルギー消費についても、とんでもないほどに増えてしまった。
 戦争にならなかったとしても、果たして、自然と伝統を破壊し尽くしているこの国の平和は、江戸時代よりも長く続くのだろうか?