■SOUL of どんと 

文・菊地 崇  写真・片岡一史


肉体としての存在は
無くなってしまっても、
情報としての歌や魂は
引き継がれていく。
どんと院が南沖縄に完成する。


どんと院に関する情報はどんと王国HPで。
www5a.biglobe.ne.jp/~hanao/dontin-index.htm


 1月25日、渋谷AXで『ソウル・オブ・どんと』が行われた。03年に続く2回目の開催となった今年は、YUKI、くるり、ハナレグミ、甲本ヒロトなどが出演。ボ・ガンボスのKYON、永井利允、岡地明とローザ・ルクセンブルグの玉城宏志が演奏するどんとナンバーを、参加したアーティストが自分の表現として満員のファンの前で披露した。僕は久しくどんとがこの世に残してくれた歌を聴くことはなかったけれど、このお祭りによって、歌は魂となって人から人へと受け継がれていくことを再確認できた。そう、魂の込められた歌は決して古くならない。
『ソウル・オブ・どんと』は、どんとへの冥福を祈りながら、この世でも彼の歌で楽しもうというお祭り。一方で、〈どんと院〉建設をお知らせするという意味も持っている。〈どんと院〉とは、彼が愛した南沖縄に建てられているギャラリー&スタジオのことだ。
 どんとの奥さんでありミュージシャンである小嶋さちほさんに、お祭りの前日に〈どんと院〉のことを伺った。
「どんとは、ニューオリンズとかアフリカとか、ルーツ・ミュージックが好きでした。どんどん遡って音楽を聞いていって、じゃ自分のルーツは何ってなったんでしょうね。それで日本中の民謡を聴き始めたんです。北海道から沖縄まで全部聞いていたんだけど、どうも暗いものが多い。彼の感性に合うのは房州の白浜音頭と沖縄民謡だったんですよ。やっぱり音楽の人だから、自分の好きな音楽の生まれたところに住みたい。自分のルーツを感じさせてくれる音楽が生まれた場所に行きたくて、そのバイブレーションのなかで音楽を制作していきたかったんじゃないかなって思いますね。
 沖縄に移り住んでからは自宅録音でアルバムを作っていました。専門的なことをやったことがないのに、通販で機材をそろえて。自宅の三畳間や六畳間をスタジオにして作っていたんですよ。どんとはけっこう凝り症で、機材もおもしろいものをそろえていた。収集癖もあって楽器もいっぱいある。それをそのまま私が管理しきれないままだと朽ち果てちゃう。沖縄ってすぐにカビがはえちゃうし。それだったら、縁のある人に使ってもらいたいと考えたんです。〈どんと院〉は基本的にスタジオ。沖縄のバイブレーションのなかで、録音したりして、遊べるような場所。あとは、なんかどんとのことを思って沖縄に来た人が、どんととアクセスできる場所になるといいなって。決して大げさなものじゃないんですけど、どんとが好きだった法隆寺の夢殿を模したような八角形の建物。そこはいるだけで気持ちのいい場所なんです」
 どんとは生前、死ぬことを「情報化」と名付けていたのだそうだ。なるほど、肉体は確かにこの世から天空へと飛び去ってしまったけれど、情報としてどんとの歌は我々の前に残されている。そしてどんとのバイブレーションは〈どんと院〉からこれからも発信されていくのだろう。
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