まったく小誌には関係なさそうに見える今回のBOOKセレクション。僕が最近ハマっている時代小説を中心に、このほど直木賞を受賞した熊谷達也氏のこれまでの作品など、こたびのセレクションの底流について述べてみたい。
 もうすでにお気づきの人もいるかとは思うが、これら作品に共通しているテーマは、日本の歴史に黙殺されてきた人々、つまり、士農工商という身分制度からも除外され、戸籍にも載らない“漂泊の民”の存在である。時の為政者たちは、いつの時代にも支配を徹底するためには民衆を管理し、それに従わないものは当然、弾圧を加えてきた。しかし、もともと誰からも支配されることなく、信ずるところは森羅万象である、という野性的な生き方を長い間続けてきた人間たちがいた。彼らは縄文人の末裔であるとか、大陸からの渡来人に追われた先住民であるとか、その素性や起源については今もって定かではないが、彼らはそんな支配社会を横目に、あるものは山へ、そしてあるものは大海原へ、また市井に紛れと、自由で誇り高き生き方を選んだという。
 ここに挙げた本書の中では、そんな彼らが、公界往来人、道々の輩、制外者、異形、傀儡子、遊行人、山師、山窩、マタギ、山伏、海賊……などといったさまざまな呼び名、姿で登場し、痛快無比な活躍を見せてくれる。小説としては恰好の人物設定でもあり、それだけに時の権力者に対する抵抗や悪に挑む姿は、常に蔑みを受けてきた彼らの歴史を思うにつけ、胸のすく思いがする。
 しかし、これは単なる冒険奇談ではない。その生き様ゆえか、はたまた国策によるものだったのか、時代の表舞台には決して登場してこなかった彼らの存在に、今ようやく光が当てられようとしている。私たち日本人はどこから来たのか、という大いなるテーマにつながる日本の古史古伝をひも解くうえで、彼らの存在こそが重要なカギを握っているのだ。




 この本のアウトラインを説明すれば、東京郊外の住宅地に住む子供達が、驚きのちん入者ペンギン(!?)との出会いをきっかけに、自分たちの暮らす町を流れる川とそこに繋がる大きな“世界”に出会う、ひと夏の冒険物語、と言うことになる。とにかくネイチャーライティング系小説として抜群の面白さには太鼓判を押したい。じっさい著者のことはあの石田衣良も大絶賛しているぐらいなのだ。
 普段、自分が生きている“場所”をこの星の上のマクロから、地域のミクロまで辿ってみたことがあるだろうか?太陽系第三惑星地球、北半球ユーラシア大陸の東端、島国日本の東京の渋谷区の〜〜町……。いや待て、結局“住所”なの?もっとエコロジカルにいけないのか?この星の上には元々、人間が住所なんて記号を振り付ける前から存在する、土地のあり方ってものがあるの だから。
 僕が住んでいる文京区千駄木は、本郷の台地を藍染川という今は暗渠(あんきょ)となってしまった小さな川が削った谷間で、西には駒込まで伸びる細長い峰「上野の山」が残り、東側に本郷台地が立ち上がる、その両方に挟まれた谷筋では、隣町の名が「谷中ショウガ」に残るほど、その栽培が盛んだったらしい。そして昔の藍染川の流れを辿れば、おそらく上野不忍池へ、さらに……と、イメージは豊かに掘り起こされていく。それは、記号化された地名や、鉄道やビル、商店街や車道といった人工物に還元されていく都市像にオーバーラップする、もうひとつ豊かな物語=土地の記憶であり、都市ほど人工化が進んでいない多くの土地では、いまも目の前に広がる豊かさを発見する古くて新しい物語だ。
 こうした要素がどういう風にペンギンと少年達との物語に繋がるのかは読んでのお楽しみ。前号のブックレビューでタキザーが語った「流域の思想」とも密接であり、ゲーリー・スナイダーの言う生命地域主義や、レイチェル・カーソンの思想などにもごく近いテーマをエンターテイメントとして昇華する著者の力量はもっと評価されるべきだし、なによりとにかく読んで欲しい。そして読めば“川端裕人”の名は、忘れられなくなるはずだ。