彼女が忘れていった鈴木いづみと阿部薫、ポッピズムとブコウスキーは、本棚で歳を取らないまま転がっている。
 十一月の良く晴れた日曜日にヒロミの墓参り、仲間四人と馬鹿話しをしながら千葉の霊園まで出かけた。その帰り浅草での恒例の飲み会はまず金楽から、午後一時の焼肉、脳硬塞で逝ったヒロミに敬意を表して、墓参りの帰りは必ずココから始まる。血管が詰まるモノを死ぬほど食ってやろう。
 「派手好きな女だったからあんな山ン中だと夜はきっと淋しいんだろう。葬式のとき骨の一部をもらって青山墓地のどこかに埋めてやればよかったナ……夜な夜なカスミ町辺りの酒場に顔出せるのに……」
 「腹へったら墓地下にラーメン屋もあるし」
 ヒデキがつぶやき、ケイイチがそれに答えた。千葉の裕福な家庭の長女として不自由なく育ったヒロミは、日芸の写真学科を出たものの写真もとらずに仕事も続かず、当時のクーリーズ・クリークやその辺りのバーで、まるで裕福な実家にはねっ返るように、ワインとシャンパンを飲みたおして三十八歳で逝った。
 「ヒロミの妹からお金のこと心配してよく電話があったわ、あの頃」
 ハラミを裏かえしながら、高校からの同級生でこの日紅一点のナカジが笑う。ケイイチとヒデキがとりとめなく話しを続ける。
 「しかし、あいつ男運悪かった。しょうがない男ばかり」
 「俺たちとどっこいどっこいじゃないの」
 「胸の大きい女は馬鹿だっていうけど、ヒロミは男にゆるかったけど、頭の回転は速かったぜ」
 「でも私は羨ましかったなヒロミのこと」
 「あの胸で何人の男がシアワセになったか」
 「オマエもそのひとりだろ?」
 「イヤ、俺はナイッスよ、そんな」
 そのあいだにハラミを五皿とホルモン二皿。ヒロミは良く言えばメラニー・グリフィスをもっと馬鹿にして巨乳にしたカンジ、日本で言えば春川ますみ(古いな)。ジャンキーやフーテン、アングラで調子っぱずれの連中とばかりいつも関わる。クーリーズのバーにその胸を乗っけてシャンパンを飲みたおし続け、そんな放蕩娘のために父親は所有している不動産を切り売りした。
 「そういえば、しまいにはキャプテンの所に転がりこんでたっけ……」
 キャプテンはダメな奴らのなかでは一番マトモな男で、プロデューサーという仕事がらなにごとも仕切らないと気のすまないタイプ。ヒロミの葬式もぼくの結婚式も仕切ってくれた。だからぼくは彼のことを秘かにキャプテンと敬愛していた。ヒロミが親のスネをかじりつくして勘当すん前で行き場を失ったとき、キャプテンは自分の会社にヒロミをひろった。しかしキャプテンの仕事はその頃からゆきづまっていた。
 「ヒロミの墓参りも来年からは行ってやれないナァ」
 と淋しそうに言ったのは二年前の墓参りの帰りのことで、この場所でだった。それ以来ぼくはキャプテンと会っていない。墓参りというぼくたちの同窓会はその日、並木の薮、補鯨船、神谷バーと続き、初めはヒロミの悪口をサカナに酒を飲んでいたけれど、結局その日は参加できなかったキャプテンの話しで終った。しかしそうした空気は伝わるもので数日してキャプテンから電話があった。二年ぶりだ。キャプテンは近況を手短に話し、ヒロミの四〇万円を借りることができないかと申しわけなさそうに言った。ヒロミの四〇万円とはヒロミの追悼会をやったときに、両親が御礼にとぼくらに置いていったものだ。両親には丁重に断わったけれど頑として受けとってもらえず、それはそのまんま親友のナカジが預っていた。パアッとみんなで飲むか、何かモニュメントを残すか、思いつかないままヒロミの四〇万円は年を越えて、その春にぼくが三田で酒場を始めたときの運転資金の一部となった。今ぼくの酒場はなんとかまわっていて、ぼくは店の口座から現金をかき集め、翌日カスミ町のアイバンドアールでキャプテンと会った。
 「よお」
 キャプテンは思いの他元気そうだ。二人でジンソーダを飲んだ。この店のみどりさんの作るジンソーダはうまい。
 「この前の墓参り、キャプテンがいないからもうひとつ盛りあがりに欠けたけど……」
 「この二年俺もいろいろあったからな」
 キャプテンのいろいろは、事業に完全に失敗し借金のカタに家を亡くし、離婚をし今はひとり暮らしで、先週父親が亡くなったというふうないろいろなことだ。
 「親爺の葬式の日、天国には何も持って行けないんだからと坊さんに言われた、とどのつまりプラスマイナスゼロ。まァ家も女房子供も親爺もすべて消えて、小ざっぱりしたな」
 キャプテンは二年前、思い悩んでいたときより若がえって見える。クッと三杯目のジンソーダを空にして言った。
 「しかしヒロミの追悼式は楽しかったな。ヒロミの巨乳にもて遊ばれた男たちが三三五五集まってきて、母親がそのひとりひとりにお世話になりましたって頭さげてた」
 「男たちもみんな恐縮してね」
 「あれはいい光景だったな、アレを見ていると、アァまたヒロミにヤラレタってね、思ったナ」
 六年前にぼくが酒場をたちあげたときに役に立った「ヒロミの四〇万円」は、すべてを失ったキャプテンの一時のしのぎにはなるはずだ。そしてキャプテンが復調したときにはきっとどこかでまたぼくのようなダメな奴の役に立っているんだろう。「ヘブンズゲイト」というバーで、ブーブ・クリコを空にしてそんな男たちを眺め、ヒロミはきっと高笑いしているにちがいない。
  あんたがあたいの寝た男達と
  夜が明けるまでお酒飲めるまで
  あたいお酒やめないわ
  ウフ ウフ ウフ ウフ ウフ
 (西岡恭蔵 プカプカ)

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