『話の特集』

自由を表現することの難しさ、そして楽しさ。
あの伝説の雑誌が、復刊された理由


文 ・ タキザー



編集長の矢崎さんのパワーには
ただただ脱帽です。


 今年2月、『話の特集』創刊40周年記念号が刊行された。『話の特集』は1965年、日本が高度経済成長を迎え、盲目的な経済至上主義へと突き進むさなかに、反体制、反権力、反権威を掲げ、言論・表現の自由をテーマに超リベラルな総合雑誌として誕生した。編集長は矢崎泰久、ADに和田誠、そして当時、新進気鋭のイラストレーターであった横尾忠則が表紙を担当し、写真家には篠山紀信、立木義浩、執筆陣では三島由紀夫、寺山修司、野坂昭如、永六輔など、本書の志に意気を感じた多くの若き才能が一堂に会し、1995年3月の休刊まで、日本の雑誌文化の先導役として激動の時代を駆け抜けてきた。倒産や独立など、紆余曲折は経たものの、本書がいかに伝説的な雑誌として読者に評価されてきたかは、本書に関わった綺羅星のごとき執筆陣やクリエイターたちを見れば余分な説明は要らないであろう。時代の反逆者たらんとした本書は休刊しても今なお多くの人たちの記憶に残っている。そしてそれは、先ごろ休刊になった『噂の真相』をはじめ、メディア批評の先駆けとなった『創』、当時のメンバーでもあった植草甚一による『宝島』、椎名誠らによる『本の雑誌』、タウン誌のはしりとなった『ぴあ』、近年では『週間金曜日』などなど、本書の系譜を多分に受け継いだ雑誌は枚挙に暇がないことでも明らかだ。
 そして今年、休刊から10年が経ち、何を思い出したのか、突然40周年記念号である。やることがまた『話の特集』らしいではないか。当時を知る人たちにとってはある意味懐かしくもあり、知らない人たちにとっては、なんだかちょっと古臭く、不思議な雑誌であったかもしれない。しかし、この雑誌が10年を経って刊行されたことは、単なる思いつきや懐古的な意味合いではないような気がする。というのも、ページをめくるにつけ、今、市場にあふれている雑誌がなぜこんなにもつまらなくなってしまったのか、そして言葉は悪いが、なぜ今、老兵が自分の体に鞭を打ってまで立ち上がらねばならなかったのか、雑誌出版に携わるもののひとりとして、本書の刊行は、忘れていた何かを思い出させるには十分であった。雑誌作りのダイナミズムや楽しさはもとより、雑誌が雑誌として存在していくための意義や心意気など、現在、書店に所狭しと並んでいる商業主義的な雑誌には見られない“大切な何か”が本書には込められているような気がする。
 10年という時を経て、『話の特集』が標榜していた“言論・表現の自由”の舞台はいつのまにかインターネットに取って代わられてしまった感があるが、それはなにも時代だけのせいではないだろう。日本に民主主義が誕生して60年、私たちはいまもって自由を表現すること、そして受け入れることがつくづく下手なのではないかと自戒を持って感じてしまう。「かつて『話の特集』に横溢していた自由で大らかな精神が雑誌界にはすっかり失われている。〜この雑誌の特徴は、こうしたふしだらで不毛な社会への反逆です」と編集後記に記されているように、本書は創刊から40年が経った今でも、その輝きは失われていない。


『話の特集』 定価1000円
WAVE出版刊 A5判、410P