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闇夜にカスミ町を歩いている。六本木へ登っていく坂の途中にホッコリと灯りがついていて、地下への急な階段を降りる。階段を降りていると暗い地下室から拍手と喚声と古いジャズが聴こえる。なんだかうきうきして地下室の黒い幕をあける。 命かけて 貴方こそ 私の恋人 何時迄も 怪しい照明の中でマドカが歌っている。と、ここまではあのとき見た上海バンスキングなのだけど、舞台にはいつのまにかクスノキくんやヒロミや小野ちゃんがいて一座に加わっている。うれしくなってぼくは舞台にかけあがろうと思うのだが、体がまるで動かず固まったまま客席から眺めている。 そんな夢をよく見る。 自由劇場で上海バンスキングを見たのは、クーリーズ・クリークで夜遊びしていた頃よりも少し前だ。芝居がはねて、ひどく興奮してまっくらなカスミ町の裏道を、あの頃住んでいた代官山のボロアパートまでてくてくと歩いて帰った。その後自由劇場の芝居はいろいろ見たけれど、上海バンスキングに再会したのはそれから九年経った一九八八年のことで、八ヶ岳で行われた「イノチの祭り」の屋外ステージだった。これは芝居ではなくコンサート仕立てで、吉田日出子オンステージといった感じのものだった。その夏の「イノチの祭り」は当時多くの人を触発した広瀬隆のゲンパツの話しを追い風に、原発反対をうたい、ミュージシャンもスタッフも全員ボランティアで行われたピースイベントで、日本中からヒッピーや自称エコロジストが八ヶ岳に集まった。あれが日本のレイブの始まりだと言う人もいるけれど、ぼくにとってホントウはそのような社会的なことはどうでもよくて、あの日、上海バンスキングがカスミ町の地下の小劇場から八ヶ岳のテッペンにやって来たように、やはりカスミ町の真夜中の酒場から真夏の八ヶ岳までやってきたぼくには、その距離はあまりにも遠く、まして瀬戸内の海辺育ちだから八ヶ岳は深すぎてどう向きあっていいか分からない。そして毎日自堕落に飲んだくれているヤツがエラソーに「イノチの祭り」もないもんだ。毎日放蕩三昧、ボンノーのカタマリみたいなヤツがゲンパツ反対もないもんだ。そう思っていた。そんなヤツが何故そんな場所にいたのか、それはあの頃ケミカルをやりすぎて被害妄想になっていて、暮らしていた女に逃げられた。逃げた女が「イノチの祭り」に参加すると聞いて、ぼくは彼女の気持ちを引き戻すために会場のブースでバーをやることにした。ぼくが「イノチの祭り」に参加した理由はそのような不純なものだった。 ともかく、八ヶ岳で「ラジオ・ビキニ」という変な名前のバーを三日間だけ開店した。 今は新宿でDMXというバーをやっているマコト、フリーペーパー「バランス」の稲田くん、「ザブトン」のマサシ、今でもずっとヒッピーのままのウラさん・・・マコトとウラさんはその頃、ウオッシュ・カンパニーという会社を作っていて、世の中汚れているから洗タクしようゼェー、といつも吠えてたな、まァそんな連中がまるでミッドナイト・カウボーイみたいに深夜の東京を抜け出して「ラジオ・ビキニ」を手伝いに駆けつけてくれた。 隣は松山猛さんのブースで、玄米カレーとかやっていたような気がする。「空気がうまいと腹がへる」松山さん直筆の張り紙がしてあって、なるほどこういう人はヤッパシいいこと書くなァと妙に納得していた。元気な奥さんがテキパキ働いていて、松山さんの弟子の松木直也もやってきたがなぜかゆかたにゲタといういでたちで笑えた。喜多郎、喜納昌吉、山口富士夫、上々タイフン、ランキン、ネパールのバンドなんかも見ることができた。こうしたピース・イベントでそういうミュージシャンを聴くことは自然なことで、彼らはいろんなことを投げかけてくれた。しかし山の上での上海バンスキングにはただひたすら心が踊った。 月白く輝き 青空高く 木ずえの青いを 我によせて さびしそう その人 心に消えて 楽しくときめく 胸の思い 吉田日出子のスパンコールのチャイナドレスがキラメキ、スウィングジャケットに蝶タイ姿、バクマツのトランペットが夜空に舞った。 「なんだかお正月みたい」 近くで見ていたチベット人みたいな顔をしたヒッピーのおばちゃんが目を輝かせて言った。 カスミ町で上海バンスキングを見てから九年後に、八ヶ岳のテッペンで「貴方とならば」を「リンゴの木の下で」を聴いた。それら珠玉の歌は山の上でもぼくを熱くさせた。そのときぼくにはカスミ町と八ヶ岳の距離が少し縮まったように思えたけれど、それは距離ではなくて、ぼくがそのような場所にたどり着くまでに九年かかったということなのだろう。真夜中のカスミ町で失ったり、もらったりしたヒリヒリハリハリしたものがその九年のあいだ、しらずのうちにカラダのなかでいっぱいになっていた。 その日ステージのはるか頭上に輝いていた八ヶ岳の月は、あの日上海バンスキングを見終わって地下の階段をかけあがったとき、高速道路ごしに見えたカスミ町の月とあんまり変らなかった。 逃げた女にすがりつく気持ちなんてどうでもよくなっていた。 スウィート・ジェニー・リー 可愛い娘よ 南の娘よ スウィート・ジェニー・リー あの娘が 愛しい娘で 鳥も唄う 麗しき御姿 うるむ瞳しのいで あの娘と いつか持つよ 愛の家を |