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『ウィスキー』
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無表情だった毎日が変わるとき 文・片岡真由美 |
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アキ・カウリスマキの映画を愛する人はすべからく見るべき作品。カウリスマキのミューズであるカティ・オウティネンをもっと老けさせて、金髪から黒髪に変え、3倍ぐらい幸薄い感じにした中年女性が登場。彼女、マルタは、町中の小さな靴下工場に勤めている。無口な初老の社長ハコボにパートの女性が2人。4人きりの活気のない工場の1日は、判で押したように同じことの繰り返し。ほとんど笑うことのないマルタの楽しみといえば、工場からの帰りにひとりで映画館に寄ることぐらい。そんなある日、ハコボは、弟エルマンが帰郷する間だけ夫婦の振りをしてほしいとマルタに頼む。いつもの事務的な頼みと同じように平然と引き受けるマルタ。 ハコボとマルタは、何十年も一緒に働いているふうなのに、仕事のこと以外の会話はまったく交わさない。何しろハコボは他人にまったく興味がないようで、人生に対する期待も一切失っているみたいなのだ。だがマルタはこの“夫婦ごっこ”に無表情ながら張り切って、どんどん華やいでいく。ハコボとはまったく性格が違って明るく饒舌な弟エルマンの存在も、彼女を朗らかにする。 前半の寂れた靴下工場の日常からは、いつの時代のどこの話なのかまるで見当がつかないが、南米ウルグアイの映画だ。監督は共に1974年生まれの青年2人。ハコボの工場にはファックスもなければパソコンもないが、ブラジルに移住したエルマンは靴下工場を成功させ、愛娘たちの写真を「スクリーンセイバーに使っている」と言う。それが21世紀らしさを示す唯一のセリフになる。 質素で無口な中年過ぎのハコボとマルタの表情がわずかに変化して、眠っていた感情が目覚めるのを認めるとき、観客の心も温まる。そのとき、幸福の定義の幅が広がるのだ。そしてマルタとハコボがどんなにロマンティックな恋愛映画の主役よりも愛しくなり、2人の変化をいつまでも見ていたくなる。曖昧に終わる結末も、観客が一緒に見た人とあれこれ語り合うための気の利いた仕掛けだ。 “ウィスキー”とは、私たちが“チーズ”と言うように、ウルグアイで写真を撮るときに言う言葉。つくり笑いもやがて本物になっていくといった意味が込められているようだ。 |
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『愛の神、エロス』
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現代映画界の3人の神が胸広きガイアに降り立つ!その名は「エロス」 文・遠藤聡明 |
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はじめにカオスあり、やがてガイヤが大いなる胸を広き、闇の深層部、永遠の迷宮たるタルタロスと数多の神々の中で最も美しき神エロスが誕生した。壮大なる時を経て、愛の神アプロディテの子供とみなされる様になったエロスは、今なお、いたずら好きの青年として、はたまたちょっと意地悪な天使として現代人たる我々をも優美なエーテルで惑わす。 究極の表現主題「エロス」をトリロジー作品としてミケランジェロ・アントニオーニと、そのチルドレンたるウォン・カーウァイ、スティーヴァン・ソダーバーグに撮らせようと思い立ったのは、アントニオーニ作品「愛のめぐりあい」でプロデューサーとして共同作業をしたステファーヌ・シャルガディエフであり、発作による麻痺にもかかわらず映画制作への情熱を強固に失わないアントニオーニと再度仕事をしたいとの衝動が基なるモチベーションであった。旧知で経験豊かな同業者ラファエル・ベルドゥゴ、斬新なアイディアの持ち主ドメニコ・ポロカッチの協力の下、プロジェクトは進んでいった。 プロジェクトの骨格はアントニオーニにとっても永遠の主題たる「エロス」を各々が好きなように撮るという非常にシンプルなもの。実際上がってきた作品を順をおって補足すると、カーウァイは本来アジア人が持っている「恥じらい」や「思いやり」等の古式ゆかしき表現手段をメインにドメスティックな純愛ドラマを描き、一方、アメリカ人監督たるソダーバーグは古き良き時代のハリウッド室内劇よろしく、上品でシニカルなモノクロ映像で我々オーディエンスを冥界へと誘う。リビング・レジェンドたるアントニオーニは正に主題たる「エロス」を大上段に、詩人ヘシオドスが記した「神統記」の世界を現代に蘇らせるという奇想天外なコラボレーション。この難解なフィルム・セッションを完全なる統合美に昇華させるのが、トリロジーに挟まれる形で表出するイタリア人画家ロレンツォ・マットッティの耽美な絵画群と、それを最大限に炙りだす現代ブラジル最大の音楽家カエターノ・ヴェローゾのベルベット・ヴォイス&優雅なストリングス、ヴィブラフォンの調べ。映画における絵画の効用をアルフォンソ・キュアロンの名作「大いなる遺産」以来強烈に感じさせる作品としても興味深い。 エロスの放った矢に翻弄されるのか、それともエロスとなり、自ら指に負った矢の魔法に溺れてゆくのか?貴公はどちらですか? |
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