![]() vol.07 文 ・ 川内一作 絵 ・ 遠藤聡明 ![]() |
三田の裏通りでこっそり始めたアダンもすでに六年目、手前ミソになるけれどメシも酒も旨い。アダンという名前からお客さんは沖縄料理屋だと思っているらしい。でもアダンの人たちは誰もそうは思っていない。まァ、沖縄のものもすこしある、そんなカンジだ。 過日、田口ランディさんとアダンで痛飲。 小説家は酒を飲むものだと思っていたからそれほど驚かなかったが、ランディさんもまわりの人たちもよく飲む、よくしゃべる、そして平然としている。この人たちと飲むと酒場のあるじのぼくがいつも先に酔いつぶれてしまう。 「タカダワタルのライブ見たことある?」 「うん、俺は一度会ったというか、見たというか…」 「まだ五十代でしょ、早過ぎる」 「うん、まだ五十代だった、早いよね」 深夜になってこの春に亡くなった高田渡さんの話しになった。 「あの頃から私はタカダワタルに会いたかった」 ランディさんが吉祥寺に住んでいたあの頃、高田渡さんはすでにフォーク・シンガーの枠におさまらない、ホウトウブライな数々の伝説を残していて、タカダワタルとしてのイメージが吉祥寺の街を勝手にひとり歩きしていた。しかしランディさんとはひとまわり上のぼくが、井之頭三丁目の下宿屋に住んでいたあの頃も、高田渡はタカダワタルだった。つまりランディさんとは時代的にずれているものの同じような若い時期に、同じような場所をぶらついて、同じ人の幻想に共鳴していたことになる。 ファンキーや赤毛とそばかすやアウトバックといった喫茶店(まだカフェとは言わなかった)で一日のかなりの時間をコーヒー一杯で過した。ザ・バンドのラストワルツを聴くと、いつもドキドキするようにあの頃のことはトキメク。吉祥寺、井之頭公園、中央線はグッとくる。グッときすぎて疲れるからそんな時代はもう忘れたい。しかしその夜はタカダワタルが中心にいて、グッときた時代の風景がアタマのなかを離れない。ファンキーやサムタイムのオーナーだった野口さんのことも想い出してまた泥酔した。(野口さんもすでに他界されている)。二十年前に青山にあるスパイラルの、レストラン・カイを立ちあげたときに野口さんが見にこられて、 「いいねえ、くやしくて涙が出るよ」 ニコニコと嬉しそうにそう言われた。 上京したばかりのぼくに、ジャズと酒を教えてくれた吉祥寺の一連の酒場を手がけられた野口さんのその言葉は、やさしくてありがたかった。 しかしタカダワタルではない高田渡は、そんなはやりの風景とは別のところで呼吸をしていたのだと思う。あれから四半世紀という時間を経て出来あがった「貘」というアルバムを聴いて、ぼくはひっそりと自分の法則のなかで歩いてきた男のひたむきな年輪を感じずにはいられなかった。それは頑丈なダンディズムのようなものだ。 「貘」は沖縄出身の山之口貘の詩を高田渡が唄ったもので、佐渡山豊、大工哲広、嘉手苅林次といった沖縄のアーティストも参加している。 このアルバムに出会ったのはアダンを開店する前の頃だったから、せわしなく毎日が動いていたものの、まだアダンという名前すら決まっていなかった。五十を前に新しいことを始めることの不安ばかりが先に立っていた。そんな生みの苦しみをこのアルバムが助けてくれた。「貘」を聴きこんでいくうちに、十九の頃のヘタレな自分の暮らしを想い出して、一度そこに戻ろうと思った。ケイケンというつまらないカセをすべて捨てて、まったくシロウトの状態からまたスタートしたかった。初心に戻るとかそんな殊勝なことではなくて、そこからすでに遊びが始まっているのだという、店作りの新しいカタチを作りたかった。 南方とは?…と女が言った 南方は南方 濃藍の海に住んでいるあ の常夏の地 龍舌蘭と梯梧と阿旦とパパイヤなどの植物達が 白い季節を被って寄り添うている… アルバムの中の「会話」という詩の一節、この一節で自然に店の名前はアダンになった。音楽はおもしろい、その力は酒場なんて簡単に作ってしまうものなんだナ。 余談だがこのアルバムに記されている中川五郎さんの解説によると、三十年前に出版された山之口貘詩集の編者は金子光晴で、前回のこのコラムで書いた「イノチの祭り」のあとに、女に捨てられたぼくは旅に出たのだけれど、その旅は光晴の「マレー蘭印紀行」をポケットにインドネシアをフーテンしたセンチメンタルで恥ずかしい旅だった。カタチだけのそのようなうわついた放浪ごっこは、熱帯のチカラにもののみごとに吹き飛ばされてオミソレシヤシタと東京に帰ってきた。そんな旅のあとで「貘」を聴いてアダンができたのも、まァ、ナニカの縁なのかもしれないと都合良く考えている。 アダンの二年目の春に、高田渡さんとは面識もないのに直接電話をして、アダンでのライブをお願いした。まだ地下鉄もできていないときで、JRの田町駅から三田のアダンまで渡さんはギターをかかえ、てくてくと歩いてこられた。 「高田渡独演会」という落語のようなタイトル。 「いやね、こんな食事をしている場所で演るのもナンだね、誰も聴いちゃいないよボクの歌なんかネ」 そんな毒舌を吐きながらも、二時間の大独演会。体調が良い時期だったのかもしれない。ティンガーラの大島くんがどうしてもと一曲だけ三線で飛び入りも、ヤッパリかなわねえやとボソッと言った。 アダンで出合ったホンモノの高田渡は、実に都会的で、並木の薮のそばつゆのようなキレがあった。 「ああいう人に一度会っておくべ きだった」 ランディさんは無念そうな顔をして 「高田渡、聴こうよ」と言った。 じゃあ、いきましょうか ふと かれに出合って ふと キスされて ふと かれが好きになって ふと すばらしいとおもって ふと ほほえんで ふと 大きなこえをあげて ふと 未来をちかって ふと 美しい生活をはじめて ふと 子どもに見とれて ふと かれの変化に気づいて ふと 捨てられたことをしって ふと 涙をながして ふと ひとりぼっちになって ふと 身よりをたずねて ふと 顔のしわをみつめて ふと 眼を閉じて |