20年前までは
添加物いっぱいの酒造り


 蔵の中に一歩入ると、凛とした静けさの中に甘酸っぱいような、何とも言えない良い香りがただよう。ここは千葉県神崎町で300年以上の歴史を持つ寺田本家。生 造りという、全国でも珍しい昔ながらの醸造法でお酒造りをしている蔵元だ。代表的な銘柄は純米酒「五人娘」。無農薬米と利根川の伏流水を原料に、蔵にいる酵母や乳酸菌を自然に培養してゆっくり醸したお酒は豊かなコクがあり、悪酔いとは無縁だ。そんな寺田本家も、20年前までは一般的な造り酒屋と同様、合成乳酸や化学調味料などの添加物の入ったお酒を造っていたという。
「当時は激しい値引き競争が経営を圧迫してたんです。何とかしようとして、新製品を出したり、新しい商売に手を出してみるものの、それもうまくいかない。空回りが続いていました」
 23代目当主の寺田啓佐さんは振り返る。タバコは日に50本、肉食中心の食生活、勝負事が好きでマージャンざんまいという生活を続けているうち、持病の十二指腸潰瘍が悪化。ストレスのせいか、直腸が腐る病気も併発する。入院、そして手術…。
「入院生活の中で、人間とは?生きるとはどういうことだろう?ということを改めて考えました。ただ単に儲けのために、売り上げを伸ばすためにやって来たんですけど、結局それを追いかけても上手くいかなかった。だったら何とかして自分がお役に立つことはできないだろうかと考えたんですね」
 寺田さんは、退院してまず最初に、雑誌で見たある農家を訪ねる。そこで見せられたのはタール状に真っ黒く変化した玄米。「収穫してから10年経った農薬米でした。本来、玄米は千年たっても発芽する力を持っているはずなのに」
 自然に作られた作物と、自然の営みを化学の力で遮断された作物とでは、見た目は変わらなくても、生命のレベルで全く違うものになってしまっていることに寺田さんは愕然とする。微生物の自然の醗酵の力を借りて行う醸造業という仕事も、同じことが言えるのではないだろうか。
「今、ほとんどのお酒が、人工的に乳酸を添加する速醸造りで造られてます。もちろん原料は農薬米。これだと、醗酵していく微生物は本当に喜んでるんだろうか?と思ったんですね。自分の醗酵の仕事が、いろんな添加物が入ったお酒のようなものを造っていた。ほんとの醸造ではなくて、“醸造らしきもの”を造っていたんですね。まだまだ赤字は続いていたけれど、どうせ辞めるなら、最後にほんとうのものを造って辞めて行こうという気持ちで、無添加のお酒造りを始めたんです」
 周囲からはうまくいきっこないと言われていたが、そんな酒造りを支持してくれる業者や消費者が続々と現れたのは、時代がほんもののお酒を求めていたからだろう。


醗酵していれば、腐らない

 化学的な醸造から、微生物の営みを生かした、自然本来の醸造へ。それは、細かい温度管理や腐造のリスクなど、杜氏の腕が問われる難しい作業だったはずだ。試行錯誤するなか、微生物たちにとって居心地のよい環境を整えてあげることで、彼らは本領を発揮することに気付く。「場」を高めるために蔵の敷地内に炭を埋め、仕込み水には電子をチャージして溶存酸素量の多い、身体に吸収されやすい分子の小さな水にするなどの工夫をした。 酒造りに使う無農薬米は、すべて地元で穫れたもの。寺田本家でも、酒造好適米の美山錦を始め、赤ヒバリ、コシヒカリ、亀の尾などの品種を蔵人自ら無農薬無化学肥料で栽培している。
「生命力がある、本来のお米を原料にすると醗酵力が違います。自然からいただいたものは、エネルギーに溢れていますね。お酒を造っているのは微生物なんです。我々人間は、そのお手伝いをしているだけ。微生物のためには、エサと場が大切。彼らが快いと感じた時に、一番良い働きをしてくれます。自分たちのお酒造りでは、都合の悪い菌がやってきても、その菌だけが繁殖しないんです。醗酵の場ができてさえいれば、いろんな菌に参加してもらったほうが、むしろ力強い醗酵が行われて、生命力のある美味しいお酒ができます。「腐る」のは変わらないから。「醗酵する」ということは変わるということ。病気になった自分のお腹の中も、醗酵してなかったんですね。まだまだ、いろんな間違いはありますけど、そういった間違いの繰り返しのなかで、我々造り酒屋は変わればいい。変われないのが一番よくないです」
 「御神酒」(おみき)という言葉は、「うれしき」「たのしき」「ありがたき」が重なってできたと言われる。たくさんの微生物が仲良く参加してできた癒しの飲み物こそが「百薬の長」と言うべきお酒になり得る。人の役に立つほんとうのお酒を探し求めた結果、7年前にはさらに健康効果の高い、まったく米を磨かないで造る発芽玄米酒も誕生。業界を驚かせた。
 「飲んだ人みんなが楽しくなっちゃうようなお酒造りをしたい」という寺田さんの試みは、これからもますます醗酵し続けるに違いない。




profile_寺田啓佐
1948年、千葉県神崎町生まれ。25歳で寺田本家へ婿入り。23代目の当主となる。反自然物や不調和の積み重ねが心身のバランスを崩し、病気の原因になっていることに気付く。病後、人生の師である常岡一郎氏の「人に自分の持っているものを与え続けなさい」という教えに添って、持てるものをすべて吐き出し、人の役に立つことを最優先した酒造りを始める。その穏やかな人柄にファンが多い。




麹室では、夜中にも切り返し作業を行い、まる2日かけて麹がつくられる。できた麹に蒸し米と水を加えて1ケ月以上の時間をかけ、酒造りのスターターである酒母( )ができていく。醗酵中のもろみタンクからは、ぷちぷちという微生物たちのささやきが聞こえる。




大きな蒸籠のような甑(こしき)で米を蒸かし、すばやく竹のサナに広げて自然に冷ます。このお米が麹菌、酵母菌、乳酸菌などの微生物と出会い、醗酵することで、日本酒になっていく。化学添加物の一切入っていない寺田本家のお酒は、心地よく酔った後にすっきりと醒める。 一般的な日本酒には 、糖類や原材料が特定できない醸造用アルコールなど、さまざまなものが加えられているのが現状だ。


INFORMATION
発芽玄米酒 むすひ
720ml、997円
伊勢神宮の古文書をヒントに、発芽させた玄米で醸したお酒。強い酸味と、独特の香りとコクがクセになる味わい。発芽玄米酒を飲んで血糖値や血圧が下がった、花粉症などの慢性疾患が改善されたという声が多い。

寺田本家
千葉県香取郡神崎町神崎本宿1964
TEL 0478-72-2221
www.teradahonke.co.jp