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「ご飯にお味噌汁、そしてその日の気分のお惣菜」、これが今の私の典型的な朝食風景です。パンの時は今一つ食が進まない。夜は殆ど家族と食卓を囲む事が出来ない日常、仕事や付き合いで否応無しに朝帰りになってしまう事もしばしば。でもこんな時でも、朝食だけは家族と一緒に食べてから少し寝ます。朝食が唯一の家族団欒の時、そこに「お米とお味噌汁」である意味とは? そんな私も数年前迄全く異なる食生活を送っておりました。海外と日本で独り暮しをしていた約7〜8年間は家に炊飯器すら無く・・・そう、自分の生活に不必要だったのです。朝はシリアル、新聞読みながらボリボリ。でも、このシリアルの調合には少々コダワリがあり、ブラン50%、グラノーラ30%、他20%・・・日本に居る時は、海外に住む友人に銘柄指定で郵送を依頼する有様。昼は極適当、多くはコンビニ系。そして夕食、「疲れたので甘いもの」と言いつつ、ケーキやデザートにお酒飲んで即寝していたり。今思えば、よく生きていたものです。休日にたまに作る「ちゃんとした食事」が唯一の延命装置だったのかもしれず。「偏食」の権化、よくよく考えるとこんな「不思議食べ」の生活になっていったのは思春期を迎えるの中学生校半頃からでしょうか?「母」の作る食事をし続けると、「母のようなオンナ」になってしまう恐怖から?・・・固太りで、父や世間の愚痴をよく口にし、時代遅れの衣装をまとった「なってはならないオンナ像」、多感な頃の乙女には、充分反発に値する対象だったわけで。そのまま、成長せぬまま格好だけの大人・・・そしてそんなある日、突然自分も母になっていました。 私の場合、先ような仕事持ちの独り暮し生活のまま、外国人の子の父親も海外に居るまま、突然、中途半端に迎えた出産でした。でも、出産を終え家に戻ったその日の昼、急に「米」が食べたくなったのです。母に頼んで作ってもらったお米の食事、何故かとても美味しく感じられ・・・味覚の変化に気付いた瞬間でした。その後劇的に変化した子持ちの生活・・・「これからは日本に腰を据えて生活して行こう」、そんな覚悟は外から、全く自然な形で心の中に根付いてゆくのでした。 「米食」。役不足ながら、今度は私にこの地で伝承して行く重大な役回りが回ってきてしまったようです。それは産後、私の味覚が大きく変化した所以。そんな「日本の母」の本能、あなたにも突然降りてくるかもしれません。 |