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| 転機となった2000年。 今年の3月に都市を離れて、自然に近い場所で暮らし始めました。 UA 性格的にグワーッとハンドルを切るようなところがあるんですよ。田舎って言っても、ちょうどいい感じのところなんです。多くの表現者が選んで移り住んでいる町で、新しい意識を持って暮らしている人も多い。カントリーライフを満喫していますっていうのではなくて、東京から遠いところに住んで大変だなって思うこともあまりないんですよ。たまたま使う高速道路があまり混まない。ズバーッと車を走らせることができて、気持ちいいくらい。仕事のために東京へ行ってワーッとやっている自分と、帰って来て山しか見えない静かな中でいる自分っていうのが、自分の左右の極を満たしているのかもしれません。 ふたつの極を行ったり来たりできている。それがUAさんにとって、いいバランスなんでしょうね。緑が近いところに住む、そういう欲求は昔からあったのですか。 UA 自覚はしていなかったですね。大阪のダウンタウンで育って、生まれてからずっと自然の中で暮らしたことは一度もなかった。知らないものだから、そのことを反芻できないっていうか。そういった意識を初めて感じたのは2000年くらい。自分でやっていなかったことをやるっていうのが続いたんです。そのひとつがサーフィン。ハワイのマウイでやったんだけれど、チャレンジしていた自分っていう毎日が、なんかすごく新しくてポジティブでいられた。「こんな私でいられる日本の場所ってないんだっけ?」みたいなことを考えていた時に、そう言えば自分の母の家系が加計呂麻島だ、奄美だって思い出したんですよ。それで加計呂麻島へ行ってみたりもしたんです。 サーフィンをやるきっかけはどういうものだったのですか。 |
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農を唄の糧に。 家の窓から山が見えるような暮らしを始めてから3カ月あまり。自然と関わり合った生活は慣れましたか。 UA 正直言って定住するとかね、ここがずっとの場所とか思ってはいないの。場があって何かが始められるっていう感覚って憧れでもある。ただ私にはっきりしていることは唄をうたっていくんだということ。農業にしても、農業をしたいからここにいるのではなくて、唄をうたっていきたいからここにいるんですよ。唄をうたっていきたいから農業もしている。 農業も唄のためのひとつの体験であると。 |