宇宙から実況中継されたもの。

「宇宙に行くにあたって、テーマを何にしようといった時に、環境しかないだろうと。それも、キーワードになるのは、地球規模で考え、地域でできることから考えましょうという、ルネ・デュポスも同様のことを言ってますよね。時代に必要なメッセージを発信するのが、メディアだとするならば、メディアの役割として、時代に必要なメッセージは何かと考えた時、環境だった。宇宙船地球号、誰にでも影響することですから。環境というのは、イデオロギーだという人もいるけれども、これは、誰にも関わること。そういう意味で、ニュースの価値というのを考えた。20世紀が終わろうとしている時に、地球の自然、自然と言ってもいろいろありますけれども、基本的には生態系、その生態系の一部に属している人間の影響によって地球がものすごく乱れているだろうと。これをどうにかしないといけない。そういうことを、この時代として情報発信する価値はものすごくある。1992年の環境サミットが決まってたし、91年に経団連が彼らとしての方針を出すとか、ローマクラブがこういう警告を出しているとか、80年代に明らかになってましたからね。これを集大成として、メッセージ性を高めるイベントをやっていこうということだったんです」
「病んでいる」のは地球か?

「病んでいる」のは地球か?

「自然そのものが持つ存在感、威厳。自然そのものに圧倒される場面ってありますよね。富士山に登って、ご来光を見る。山岳信仰もまさにそうですよね。自然の存在感と自分との一体感。自分を昂揚させるということに基盤を置いているだろうし、ヒマラヤ登山にしても、そこに山があるからじゃない。山に登るプロセスの中で、自然の存在感と自分との関係を見ていく。僕も、インドに行って、カシミールのほうから、地面からですけど、ヒマラヤを見た。ものすごい存在感に圧倒されました。それに似たような、そのものすごく規模の大きいものが、宇宙から見た地球でした。純粋に、存在そのものが持つ素晴らしさ。それと対面することで、また、お前、自分はいったい何なんだと。存在に問いかけられているような気持ちにもなった。そう思わざるを得ない光景でしたね」という。
「宇宙から見て、大都市の上にスモッグや雲そのものが黒っぽく見えるとか、ロス上空に厚い黒い雲がドロッと流れているとか、日によっては晴れてきれいに見えるときもあるけど、大都市上空はだいたい汚いとか、その点、カリブ海はきれいだなとか、そういう印象、批評的なものはわかります。しかし、問題はもっと深いところにある。地球が『病んでいる』って言ったって、人間でも、『病んでいる』っていうのは、病は気からも含めて、いろんな難しい病気ありますよね、ガンも含めて。これは、目には見えるかっていうと見えない。同様に、環境が破壊されているというのは、単純じゃない。昔みたいに、煙がぼうぼう出ているとか、排水がきたないとか、視覚的にすぐわかるものではない。現象的に見えるか見えないかで、判断できないことが、病の深刻さだと思う。テレビの時代になって、ますますそうなんだけれども、目に見えるものがないとあんまり納得しないという発想の中に、僕ら自身の『病』の深刻さを感じたほうがいいかもしれないですね」
 環境をテーマにしたひとつのプロジェクトが終了し、宇宙から帰還してもなお、秋山氏の中で、このプロジェクトは、進行形であった。
「21世紀に向けてメッセージを発信した。それが、時代が変わってもいないのに、張り替えるわけにはいかないですよ。その先21世紀に、人間の生き方としての問題があるとする。それは今度、人に伝えるっていうことではなくって、僕自身の、僕自身の生き方としてどうなのかということを考えざるを得ない。もうひとつは、全部がいっきに変わるなんていうのは、よっぽどの強権政治じゃなきゃならない。自発性に基づいて変わっていく。その自発性を担うのは誰か。一人ひとりだと。それじゃ、お前は何なんだと。その内のひとりだろうと。こういうことなんですよ」

「農」のある暮らしの中で。

 自分の中の大切なものをどう守り、どう育てていくか。そういうことを考えた時に、秋山氏は、自分の好奇心を軸に生きていく方法を選択した。これを全うしながら、かつ、生活ができる。食べていける。それから、いやなことを強制されない。そういうことを全部、バランスよくするために考えていくと、その先に「農」のある暮らしがあったという。
「農がなんでヒントになるかっていうと、僕らにとって、ベーシックヒューマンニーズ、人間的に基本的なもの、食べるということ。食べて、寝て、次の世代を作る。命のつながりというのを、ちょっと具体的に考えてみれば、『食べる』っていうことが、いろんなことの中で大事だということがわかる。僕らが考えていくきっかけとしての『食べる』こと、何がおいしいっていうだけじゃなく、命をつなぐって何なのか。牛肉も食べてる。命を一つひとつ殺しながら、自分たちの命を守ってる。僕らも食う食われるという生態系の中で生きてる。田んぼを見ても、生き物がいっぱいいる。稲にしてみたら、僕らだって、虫の一種なんですよね。そういう生態系の中で、僕らも命を維持しているんだって考えてみれば、その命を奪っているのなら、それは宗教ではなく、倫理の問題ですよ。それだけの命を奪って、僕らが生きていく価値が、はたして、あるのかというね」
 ジャーナリストとして自分への問いかけが、次のステップとして「農」のある暮らしを実践するに至ったようだ。
「ここに来て、『農』のある暮らしを始めて、一言で言って、おもしろかった。それから、時間がいっぱいあることがよかった。考える時間ですね。作業をしながらでも、考える時間がある。世の中にいろんなことがあったときに、あれは、いったいどんな意味があるんだろうかって考えられる。たとえば、この前の選挙とか。地方のほうが、バランスのとれた、いい判断をしているようだな。これは、一体、どういうことなんだろうか、とかね。大都市の場合は、考える時間が少なすぎる。忙しすぎて、考える時間もない。もしかすると、人生そのものも楽しんでなかったりするかもしれない。一日のリズムの中に、じっくり考える時間を持ち込めない。それは会社にいるころから感じてましたね。こういうところにいると見えてくるような気がする。自分の中のバランス感覚、正常でいられるかどうか。直接の利害関係なしに、判断ができるようになる。それはとってもいい時間だった。バランス感覚を維持するためには、自分の時間が必要。滅私奉公がますます求められている社会の中で、滅私奉公する対象と、イデオロギーなり考え方を同調させなければ、都会で生活するなんてこと、できるわけないですよね。自殺者3万人っていうのは異常ですよ。しかも中高年も含めて。少子高齢化より大きな問題かもしれない。人間が人間を大切にするんだという方向にいっていたはずだったのに、なぜいかなくなったのか。このことについて僕らがきちんと見定められれば、あくせくすることの意味が見えて来るんじゃないですかね」

ロマンチシズムではなくリアリズムで捉えて。

「食べるっていうことを自分なりに整理してみたかったというのもあった。しかも、安心で安全である。人に安全だって言われたって、あとで、騙されたって思ってもバカらしい。そうしたら、自分で作るのが、一番安心だろうってね。それは、贅沢な話だと思うんだけれども、自分が生物として生きていくプロセスの中で、あんなものいらない、こんなものいらないって整理していくと、とにかく、食べることからスタートしなければいけない。そういうことを観念的に考えられただけ、余裕があった。そんなわけで、食べるということの延長で、自分で作る。あくまでも自給を目指しているんです。だけど、税金も払わなければいけない、現金も必要。そういうことを計算した上で、椎茸がいいんですよ。零細だから流通をどう効率よくするかっていうのが問題になる。たとえば、大根1キロ送るったって、売上はたかが知れているけれども送料は高くつく。でも、椎茸だったら、1キロあったら相当のもんですよ。ロマンチックなことを考えても、暮らしはリアリズムに徹しないと成り立たないはず。緻密に考えていかないといけない。と同時に、自分がやっていることの理屈として裏付けがあったほうが持続しやすい。椎茸の場合、たとえば、いま、里山という問題がある。里山の手入れはどういうふうにするのか。なぜ、いま、手入れされなくなったのか。経済的価値がなくなったからですよね。いま、経済的価値を里山に与えられるのは、椎茸農家ですよ。雑木林を切って、また、それを更新させていく。経済的なシステムの中に取り入れられるから続いていく。昔だってそこで、薪を取るという経済的行為があったから、手入れできたわけですよね。不自然じゃないわけです。奉仕でやってくれったって、一回や二回はやるかもしれないけど、なかなか続くもんじゃない。経済行為を含めて、循環がないといけない。それは、昔もそうだったわけだし、いまだって、そのシステムがあっていいわけだから、雑木林の維持っていうのは、そこをうまく利用していく。そのことの中で、自然と、折り合いをつけていく。それが自然を豊かにすることにつながれば、なおさらいいことですよね。
 田んぼで食べていけるという自分自身の循環。それから、地域との関係で言うと、椎茸の循環がある。そういう自分がやっていくことの正当性みたいなもの、それは何かというと、自然の循環の中で、自分が役割を果たしているんだという意識ですね」
 宇宙から帰還して15年。秋山氏のトライアルは続いている。自ら、「農のある暮らし」を実践しながら、「農業」に対しても可能性を探り、考える。そのスタンスに、新しい表現者にならんとしているようにも感じた。宇宙という、未知の世界を見ることができた、数少ない人類の先達なのかもしれない。
「僕ら人間は、『豊かさ』への旅をしているはずなのに、全然、豊かでなかったら、豊かさを考えなかったら、豊かさに気がつかなかったら、僕らの人生ってなんだったのか。考える時間のなさ、忙しすぎてしまうこと、それでよしとする自分たち。でも、本当は、これでよしとしてないはずですよ。僕は、たまたま、『農』のある暮らしの中に、これを見つけたんです」

profile_秋山豊寛
1942年、東京生まれ。国際基督教大学を卒業後、66年、東京放送入社。ロンドン駐在、外信部、政治部記者、ワシントン支局長などを歴任し、90年、日本人初の宇宙飛行士としてソユーズ、宇宙ステーション・ミールに搭乗、地球の映像を生中継した。96年から福島県で農業に従事する。
BOOK



『宇宙と大地』農のある暮らしへ
秋山豊寛 著/岩波書店

宇宙飛行士という経験を持ちながら、農業に従事しはじめた秋山豊寛氏。宇宙体験から農への道のりがつづられている一冊。なぜ農業なのか。いま社会がかかえる多くの問題のヒントが見え隠れする。