「アイヌモシリ 一万年祭」に行った。
 札幌から苫小牧を抜け、二風谷へ。そこからさらに平原を奥へ、奥へと入っていく。しばらくすると、「アイヌモシリ 一万年祭」と書かれた小さな看板が見えた。さらに奥へ。雨が降ってきた。どしゃぶり。人家もない平原、森。そんな道の傍らに、また、小さな「アイヌモシリ 一万年祭」の看板があった。細い道を入っていくと、こじんまりとした場所に、いくつかのテントが立っていた。タープの中で和む人たち。ここが会場か? 車を停め、その先の坂をおりていった。掘建て小屋がいくつか立っている。おそらく、ここが会場だと、なんとなく思った。ブルーシートを屋根にしたステージがあった。ひどい雨にもかかわらず、ステージの前の広場を子供たちが走り回っている。犬も走り回っている。それを笑顔で見守る大人たちがいる。雨のせいもあるのだが、なんだか、すごいところに来てしまったと思った。焦燥感。この感じは、小さな子供の頃、自転車に乗る事を
覚え、一人、冒険してみようと知らない町まで走っていき、迷子になった時に感じた感覚に似ている。
 主催者でもあるアシリ・レラさんを探し、挨拶をした。大きな身体のレラさんが、大きな笑顔で迎えてくれた。レラさんの周りには、何人かの訪問者が輪を作って話を聞いている。いろんな話しをしてくれた。
「どんなに文明科学が発達しても、変わらないものがあるの。自然の摂理だけは変わらない。何百年、何千年経っても変わらないのね」
「アイヌは身体で覚える。身体で覚えたものは忘れない。でも、いまの人たちは頭で考えて、行動がともなってない。地に足がついてないよね」
「チャランケ。アイヌは話し合いをする。暴力はダメ。人間には言葉がおろされたの。だから話し合いするんだよ」
 あるいはアイヌの文様をTシャツに書いてあげている。レラさんのところにいると、すごく心が和んできた。
 アイヌモシリは、迫害されたアイヌの人たちの供養のためにはじまったお祭りだ。
「これはアイヌの先祖の人たちの供養なんだけれども、アイヌだけじゃない。アイヌのために命を落とした人たちの供養でもある。だからここに、アイヌじゃない人たちが、こうやって集まってきてくれるっていうことは、その人たちの先祖供養でもあるんだよ。みんなつながってるんだってことだね」
 とても深い懐に優しく包まれるようだ。
 レラさんの傍らを離れ、広場へ行くと、アイヌ刺繍や口琴のワークショップがあったり、ステージでは、コンテストがあったりした。レラさんの話しを聞いて、最初の感覚が、雲が流れるようになくなり、自然に身体から力が抜けていく。ここまでリラックスしたことは、長い間なかったように思う。
 これが「アイヌモシリ 一万年祭」の魅力のようだ。