星空が冷やすビールの味。

海を見下ろす葉山の高台に、不思議な工房がある。夜空が冷やす冷蔵庫。夜だけ動くクーラー。半永久的に使える除湿器……。その工房から生みだされる製品は、どれも電気を必要としないという。いったいどうゆうことなのか?その「非電化工房」を訪ねてみた。

文 ・ 麻生弘毅  写真 ・ 鈴木 完
アトリエの庭に設置された非電化冷蔵庫。
現在、製品化を進めている最中で、販売予定価格は44,000円。
新聞紙上で発表すると、当日5人から予約が。希望者は全員北海道の人。
「冷蔵庫がなくても平気なんじゃないですか?」と聞くと
全員「そう、それなのに電気を使っていることが
ずっと疑問だった」と応えたそう。



 坂道を登ってアトリエに着くと、藤村靖之さんは、庭で新しい太陽熱温水器のデータをとる作業をしていた。挨拶もそこそこに藤村さんは、そのシステムについて説明してくれる。ひと昔前、普及した太陽熱温水器は、50〜100万円と高い費用で設置されたものの、現在はそのほとんどが電気温水器に移行しているという。
「そこで考えたんです。”高くて古い太陽熱温水器に戻ろう“ じゃあしょうがないから、ちょっと楽しい温水器を10万円でどうですか? って」
 お風呂が大好きな日本人。エネルギーを大量に使うお風呂には、太陽熱温水器がいちばん合理的だという。
「お父さんと息子が1日費やして作れるキットにしようと思うんです。 ”俺たちが作った温水器だぞー“ ってちょっと楽しいでしょ? 今年の秋はこれで、ちょっと世間を驚かしてやろうと思うんです」
 そういって藤村さんは笑った。

 藤村さんの「非電化生活」は、電気を否定するものではない。
「私も電気を使っていますからね。それに ”原発をなくすために圧力鍋でごはんを炊こう“ なんて気の利かないことをいうつもりはないんです」
 藤村さんが現在、岡山県の津山市で進めている「非電化住宅」では、電気やガスなどエネルギーの使用量を、従来の10%以下に抑えることができるという。
「10%になるなら、原子力でも中国電力でもいいと思うんです。ただ、電気でカーテンを動かす、といったことをしなければ、これだけエネルギー消費を抑えられるんです。電気を使わないことで少し不便になるけれど、ほどほど快適な生活は可能なんです。そういう楽しい選択肢もあるよ、と提案できればいいと思っています」 
 この考えから生みだされたのが、電気を使わない「非電化冷蔵庫」だ。
 一般家庭における冷蔵庫の使用電力量は、冷暖房に続いて二番目に高い。藤村さんはまず、空気でものを冷やす点を見直した。空気の熱容量は水の1万分の3。そこで、水で庫内を冷やす構造を考えだす。貯蔵室は熱伝導率の高い金属でつくり、貯蔵室のまわりには200リットルの水を充填する。庫内の水は、冷蔵庫上部につけた放熱板に接し、輻射によって冷えていく。外部からの熱は放熱板に覆った透明な板で防ぎ、水のまわりは断熱材で覆っているため外部からの熱を遮断する。こうして、貯蔵物の熱は貯蔵庫を覆う金属を介して周囲の水へ、水に伝わった熱は自然対流で冷蔵庫上部に送られる。そして上面に設置した放熱板から「絶対温度の四乗に比例して外部に放射される」という現象に従って、夜空に熱を放射し(宇宙は絶対零度)、冷蔵庫内を冷やしていく仕組みになっている。
 非電化冷蔵庫は、直射日光が当たらず、夜空の見える場所に置く。星空の下では、空からの輻射がゼロになるのだが、実際は曇る夜が多い。それでも、三日に一度晴れた夜があれば、真夏の昼間でも、庫内を7〜8度に保つことができるのだ。
「この冷蔵庫は、放射冷却と自然対流を利用しているんです。放射冷却は200年前、自然対流は2000年前には知られていた原理だと思うんです。既存の原理を組み合わせて利用するのが、発明家の仕事なんですね」

 藤村さんはもともと大手電器メーカーの研究室に在籍していた。しかし、藤村さんが38歳の時に子供がぜんそくになったという。そして当時、よく分かっていなかったぜんそくの原因を調べて愕然としたという。
「食べ物、住居は化学物質だらけ、そのうえに重い精神的ストレス。高度経済成長の担い手であった私たちの世代。バリバリ働いてつくりあげた世の中はこんなものなのかと気づいて、方向を転換したんです」
 こうして独立し、はじめに作ったのがイオン式空気清浄機。「4人に3人が治った」という実績が口コミで広がり、ぜんそく以外のアレルギーを持つ家庭にも広がって、現在までに250万台が販売されたという。
 そしてさらなる転機が訪れたのが2000年。それまでも、発展途上国を数多く旅した藤村さん。それらの国が工業化というかたちで、先進国を猛スピードで追っている。
「現在、日本と欧米を中心に2億台の洗濯機が使われています。これが世界中、20億台になったら地球はその電力、排水だけでパンクします。だけど、便利な生活を求める権利はみんなにある。それなら100億台使われても安全なものを作ろう、と思ったのが非電化を考えたきっかけでした」

 藤村さんは2003年から、モンゴルで非電化プロジェクトを進めている。五等星まで見えるモンゴルでは、非電化冷蔵庫、非電化暖房はその効果を十二分に発揮できる。こうして毎年通い続けたモンゴル。冷蔵庫は羊の肉を保存するのに役立っているという。
「今年は馬力発電を考えているんです。普段遊ばせている馬に、発電機を2時間引っ張らせることで、1週間分のテレビや照明をまかなう電力を生みだそうと思っています」
 また、この正月にはナイジェリアを訪れたという。
「あの国では毎年20万人の子供が、非衛生な水を飲んで死んでいるんです。発明家がこれをなんとかしなくてどうする! と思いました」
 手始めとして、みんなでそこら中に落ちている2リットルのペットボトルを集めてくる。そして200ccの水を入れたら、炎天下に放置する。中の水と空気がチンチンに熱くなったら、よく振って圧力を加える。こうして、熱と圧力で水中の細菌を死滅させる。これだけで、ささやかではあるが、安全な水が手に入る。また、シーズンには9割のオレンジを腐らせ、オフシーズンにはヨーロッパから高価なオレンジジュースを輸入している現状に対し、「非電化オレンジジュース工場も進めているんですよ」と笑う藤村さん。計画では、5年後に国内需要をまかない、10年後には貯金ができるようになるという。
「困ってるいい人を助けられるんだから、発明家はいい仕事ですよ」
 藤村さんは、この言葉をインタビュー中に何度も繰り返した。

「よく冗談でいうんですよ」
 そして一枚の紙を取り出し、藤村さんは次のように書いた。
”できるわけ/ないじゃないか“
「でもね、こうしたらどうですか?」
 そしてこう書く。
”できる/わけないじゃないか“
 オヤジギャグかと思いきや、さらにこう書き続けた。
" impossible/I'm possible "
「発明は0.1%でもダメだと思うと、やっぱりダメなんですよね」

 なんだか胸がいっぱいになったので、星空が冷やしてくれたビールをごくりと飲む。この冷蔵庫が増えれば、星空はさらにきれいになって、ビールもさらに冷えて……。頭上には、ぼんやりした空が広がっていた。



profile_藤村靖之

1944年生まれ。大手メーカーで企業内発明家をしていたが、1983年に独立し、発明した製品を販売し事業を起こす「発明起業家」に転身する。「非電化工房」以外に「発明工房」「発明起業塾」を主催して後進を育て、起業家を支援している。藤村さんの発明した非電化製品は、www.hidenka.net/index.htmに掲載され、販売も行なっている。

アトリエ内には、非電化除湿器や非電化消臭器、非電化浄水器や珈琲焙煎器など、藤村さんの手によるさまざまな製品のほかに、タイプライターや手動洗濯機など、電化時代以前の美しい製品が並んでいる。現在は、使用エネルギーが2分の1で、そのうえ2倍以上冷めにくいヤカンなどを開発している。